乙女ゲームマラソン Z

vitaのオトメゲーをセイハするブログ

【途中経過3】6月はパラレルワールドからお礼

姓はラッパ寿司、名はハナ子

まいど、乙女ゲーばっかやってるラッパ寿司ハナ子です

5月分書けなかった、あああ、そんなに進んでないよおおお、どうしよおおお、となっている雨まっさかりの6月です。

 

 

 

このブログを読んでくださった方へ

まずは最初にお礼を言わせてください。

ボッサボサ~と始めたかなり個人的なブログですが、誰かに見ていただける、ということをとても嬉しく思っております。反応が頂けることもスペシャル嬉しいです。
公開初日はアクセスが0で「あれ? よくよく考えたら確かに偶然見てもらう以外に方法はないけど、それってどうやったら良いんです?」といきなり困惑しました。
ブログ村に登録。ブログ村さまさま、読者さまさまです。ありがとうございます。アクセス0の状態で書き続ける忍耐力はたぶんなかったです。だって、それならアナログノートに書けば良いもの。ありがとうございます、本当にありがとうございます。

今はvitaの乙女ゲームをセイハす!という目標があるのでそれに集中していますが、達成できた暁には他にもいろいろしたいです。特に一番したいことは、他の方が書かれたレビューを読みたい!!のです。すっごく読みたい!!のです。でもネタバレが怖くて全然近づけません。多くの方がレビューそのものには「バレ有り」と配慮してくれていますが、私が勝手に踏みまくる可能性がある以上、とても慎重になっています。

過去に何度か、自分のやったゲームのレビューを見に行って、まだやっていないゲームのネタバレを目にしてしまったことがありました。オーマイガーってなりました。また、作品名で検索したら、検索結果ページでネタバレを食らった時は衝撃でした。人間がどれだけ注意を促しても、検索エンジン君には関係ない。ダラっとすべて出してしまう。すごく機械っぽくて良いです。

私も書いていて悩ましい部分ではあるのですが、そもそも人によってネタバレの範囲って違っていると思います。微バレ、とある時はすごく悩みます。そしておそらく、私の感想も微バレの範囲に入ってしまっているはずです。そもそも何もバラさずに感想を書くことはほぼ不可能で、宣伝文句みたいなことしか言えなくなってしまいますからね。

ですので、セイハしたら心置きなくすっ飛んでいきたいと思っています。
私にアンテナがなければ、いくらフルコンプしたところで、作品の楽しさを100%受け取ることはできません。いろんな方の感想を読むことで、気づくことのできなかった意味や良さがわかって、120%楽しめるようになるなあと思っています。
私もそういう感想が書けるようになりたいよー!という気持ちでやっているので、お付き合い頂けるとめっちゃ嬉しいです。今後もどうぞよろしくお願い致します!

 

 

 

 

 

などと言った口でさっそく不穏な記事を書きました。
以下、悲しみと絶望の雑記です。

乙女ゲームについて徒然

 

その1・乙女のパラレルワールド

恋愛シミュレーションというのは、基本的に『if世界・パラレルワールドを前提としているはずです。
乙女ゲームはざっくり言うと「もし彼と結ばれていたらどうなったかな?」という、いくつもの可能性の世界を描いているはずです。誰と想いを通わせるかで未来が変わる。変わるけれど、大きく変わることはめったにない。はずです。

たとえば本人のルートで怪我をした人は、他の人のルートでも(明確な表現がなくとも)怪我をしています。また別ルートで隠しごとをしていたとわかったキャラは、本人のルートでその理由がわかる場合があります。それぞれのルートはキャラを軸に独立しているけれど、並行して他のキャラのパラレル世界が存在し、関与しあい、大きな運命の流れには逆らえない(外れることはできる)、これが基本の構造だと思います。

その大きな運命の流れこそが、作品のメインストーリー部分です。

 

その2・そして生まれた金太郎飴とパターン違い

メインストーリーという大河に沿って物語が最後まで進む場合、どのキャラを選んでも、始まりから終わりまで大きな変化はありません。何か探しものをしているのなら、それが見つかれば物語は終わりです。誰と探すか、という違いでしかありません。

その際に、キャラを変えただけでテキストがほぼ一緒であることを金太郎飴、キャラの特徴を活かしているのでテキストは違うけれど、流れ・結末が一緒であることをパターン(色・柄)違いと私は考えています。探しものをする、という流れがメインストーリーの場合、その際に見つけるまでのプロセスが一緒なのが金太郎飴、見つけ方は違うけれど見つかりさえすれば結果は同じになるのがパターン違いです。

ここで探しものをやめる・結果見つからない、という流れを持ったルートがあれば、上記二つの仕組み、そして大きな運命の流れから外れることになります。バッドエンドやアナザーエンドも、流れから外れたひとつの結果であると考えられます。このメインストーリーの大河から外れて、支流をつくりだすタイプのゲームについては今回話題にしません。パターン違いについて思うことを書いていきます。

 

※ここまですべて、私の経験に基づく超個人的な見解(憶測、そして妄想)です。多少の基準はあるでしょうが正式なルールというものはなく、様々な考えから乙女ゲームはつくられていると思います。ユーザーひとりひとりにも、考え方の違いがあると思います。今回は、自分の考えを助けるために前提条件として書き出しましたが、万人に共通する世界的ルールではないです。「へえ、そうなんだあ」と思ってくださったカワイイ乙女がいたらほんとメンゴ。

 

その3・金太郎飴シナリオは忌むべき存在 

いつの日にか書くことになるでしょうが、本日はそっとしておきます。

 

その4・パターン違いの幅をどこまで広げるか

本題です。

上記したように、基本的に恋愛ゲームというジャンルがif世界である以上、パターン違いが起こることは当然です。それ自体は歓迎なのですが、幅が問題だと思っています。

先ほどの探しものの例えでいうと、見つけ方まで同じなのは論外ですが、見つけるまでの方法が違うだけではまだ幅が狭いです。周回しているユーザーはそれがどこにあるのかわかっているので、余程の工夫がないと、探す過程が一気に茶番になってしまう可能性があるからです。
これを回避するためにはもっと幅を広げる必要があります。探すものがキャラごとに全部違ったり、探すキャラと探さないキャラでわかれたりすれば、終着点で探しものがみつかるという結果は同じだけれど、アプローチがちがうので飽きにくいと思います。

優れたシナリオの場合は、そこに攻略キャラ・ヒロインの性質が掛け合わさって、唯一無二の特別な物語になるのだから、本当に、作り手の努力や配慮には頭が下がります。

全身から感謝を噴き出しつつ思うのが、この幅を広げれば広げるほど、ユーザーは新たな物語を楽しめますし、世界観に奥行きが出て、作品の質も上がって良いことずくめです。なのだけれども、いちばんの問題はすべてのユーザーが「大きくて広くて深くて凝った物語」を求めているわけではないということです。

 

その5・すべてのユーザーの希望は叶わない

なんだかファンタジー小説が読みたいな~という時に、指輪物語を選ぶ人は少ないと思います。壮大な物語の扉を開くときは、読者にもまた「よし、行くぞ」という意気込みが必要になるもの。ハチマキしめて正座して、vitaを前に精神統一、カッと目を見開き「いざ!」と声張って乙女ゲームを始める乙女なんかいません。でもいたらすみません。我が家には、ベッド周りに飲み物とお菓子を置いてゴロゴロむしゃむしゃズゴゴをくり返す黄色いZ女しかいないのです。

どんな趣味の世界も大部分がライト層だと思うのですが、乙女ゲームもまた「ちょっとやってみたいな~」という人には気負わずできるものが良いはずです。
しかし15本やってみてはっきり感じているのは、「軽くできる」乙女ゲームがあんまりなかったということ。これは別の機会に書きますが、vitaで遊べる乙女ゲーは良くも悪くも骨太で重たい作品が目立ちます。

それを考えたら、幅の狭いパターン違いのゲームがあるのは良いことだと思うのです。幅狭の利点は、キャラごとに役割上の優劣がないため全員平等、キャラ性のみで勝負できるところです。誰もがフルコンを掲げているわけではないので、「このキャラ(属性)のみプレイしたい」というユーザーには、キャラごとで展開が大きく変わらないほうがありがたいと思います。

そうしたユーザー側の希望、あるいは制作者側の諸々の事情があって、幅狭パターン違いを採用するのは良いのです。フルコンプしようと思ったらすっごくダルいし飽きる、眠い、疲れる、しんどい、こなくそっ!と思うけれど、それは我慢できます。
しかし後半に攻略するキャラがどうにもこうにも不憫で、心苦しく感じてたまらん、これが嫌なのです。

 

その6・後半に回されるキャラの悲劇

そもそもタイプではない、第一印象ランキングが低い、嫌いな要素があるなど好感度が低いところからスタートしているだけでも不利なのに、後半に差し掛かった頃には既読スキップやシーンスキップが充実しているため、前半のキャラと比べてユーザーと過ごす時間が短いです。

またスキップされた部分で何か良いことを言っていても、その時のユーザーは別のキャラをロックオンしているため記憶に残っておらず、勝負できるカードは個別シナリオ一本のみ。その内容が並程度では挽回に至らず、期待はされていないのに期待以上のことをしなければいけない雰囲気の中、ここでパターン違いなんぞ出してみてください。地獄です。

幅狭の場合はもう何度も繰り返し見た展開を、さも攻略キャラが解決に導いたかのように言うけどもう知っとる、ずっと知っとる、知らない情報が全然出てこない、ヒロインだって何周もしているのに毎回すっとぼけて驚いたり怯えたりするのが怖い、女優か、それならそれで千秋楽くらいもっとはっちゃけても良いのに真面目、ずっと同じ、怖い、知らないのは攻略キャラだけ、本当に可哀想です。こんなの……、こんなの酷すぎます!

 

その7・事の発端はキャラのせい

でも人ってこうやって強くなっていくんでしょうね、とか思ったりなんかしてかき乱された心のバランスをとりますが、要は私のバイオリズムが下がっている時に当たってしまうキャラに申し訳なさが募りまくってつらいということです。

しかし、そもそもキャラに申し訳ない、という謎の感情が芽生えること自体がどうかしているのです。おかしい。実体の無いものに申し訳なさを感じるというのは、おばけを肯定するようなもの。おばけは怖い、ふつうに。

さすがに私も、魂のこもっていないキャラに対してスマンとか思ったりしません。どこのメーカーさんも生きたキャラを作るからこんなことになるのです。だからこそ、取ってつけたようなメインストーリーのおこぼれなどではなく、そのキャラがキャラらしくいられるシナリオを作ってあげてほしい。せっかく、いちキャラとして人格と役割を与えられて誕生したのですから、ヤラセはやめて、ここはいっちょオリジナリティ満開の幅広パターン違いをやるべきではないでしょうか。

そしたら私も寝落ちした挙句、深夜や早朝にハッと目が覚めてびっくりする、ということもなくなりますし、その衝撃でvitaがベッドから落ちなくなりますし、その度に「ウワアアアア」ってならなくて済むのです。寿命が確実に短くなっています、私と、vitaの。

 

結論・苦しみ知らずに幸せは得られない

キャラに申し訳ないという感情を抱くといえば、メインヒーローがメイン過ぎて他キャラと格差ありすぎ問題、真相END担当キャラ恋愛要素少なくて損してる問題、結局隠しごとしているキャラが人気かっさらっちゃう問題など、幅狭以外でもいたるところに転がっています。ちなみに私がいちばんつらいのは、当て馬にされたキャラ可哀想過ぎて罪悪感からそのルート集中できなくなる問題です。

というわけで、申し訳なさを感じるのは何も幅狭に限ったことではありません。キャラへの愛情を隠れ蓑に幅狭の愚痴を言っただけのように見えますが、まったくもってその通り、何を隠そうそれがやりたかったのです。
この記事を書き出した数日前は幅狭に悩まされていましたが、現在では共通ルート長すぎ作品に当たって視界が滲んでいます。3日やっているのに個別ルートに入らない、不思議だと思っていたらBADエンドがやってくる。早く終わりたいけど終われば良いってことじゃない。乙女ゲームは基本的に幸福への見返りとして時間をごっそり奪われる仕様になっていて、まるで悪魔の契約です。こんなことでは次も愚痴になってしまうので、どうにかこうにか次回までには明るくて和やかなテーマを考えてきます。

お付き合い頂きありがとうございました。ごきげんよう

 

~Fin~