乙女ゲームマラソン Z

vitaのオトメゲーをセイハするブログ

【途中経過2】4月にキュンと気がついたこと

姓はラッパ寿司、名はハナ子

ここぞとばかりに名乗っとこ、ラッパ寿司ハナ子です。

あーもう4月……、4月も半ば……、現在10本記録(3本中断)しました。

やっと暖かくなってきて嬉しい反面、もう一年も半分か、と(6月に思うのが嫌だから早めに)思う。

 

 

 

 

 

気がついたこと

その1・やってみないとわからない。

私が勝手に自分をそう追い込んでいるだけなのですが、基本的には事前情報ゼロで始めるため、作品のことを殆ど知らない状態でプレイしています。とはいえ、パッケージや目に入る謳い文句、ネットを見ていて偶然入ってきてしまう情報などから想像して、ある程度はこんな感じかなーと思うこともあるのですが、まあ全然違うことのほうが多くて驚きます。良い方向に違うこともありますし、残念ながら悪い方に違うこともあります。やってみないとわからないです、本当に。

 

その2・速くて強い作品は少ない。

序盤からユーザーを捕らえて離さない、あの手この手でどうにか引きとめようとする作品はあまり多くありません。最終的に面白いと感じた作品も、最初はゆっくり始まるものが多いです。というのも、物語を見せることが目的の場合は強いヒキが必要になりますが、恋愛シミュレーションはユーザーに恋愛感情を抱かせることが目的なので、キャラとの交流が最も大切になるわけです。この感覚をつくるためには、吊橋効果のような即興的な疑似恋愛体験よりも、長い時間をかけてしっかりがっちりキャラと信頼関係を結ぶほうが確実です。人間関係は一朝一夕にはできあがりません。むしろゲームの中でとっとと関係ができあがると、ユーザーの心が追いつかず置いてけぼりになってしまうという最悪の結果につながります。

それは理解しているつもりなのですが、まあ飽きる。一周目の楽しさを忘れかけるくらい超飽きる。手っ取り早く恋愛したいと考えるユーザーもとい私の肩を乙女和尚が棒でバンバン叩いてくれたら良いんですけど、そんな人はいないので自分ひとりで頑張るしかありません。

 

その3・金太郎飴シナリオが憎い。

以前は「ちぇっ」くらいのものだったのに、フルコンプを掲げてしまっている現在ではこれほど簡単に憎しみに変わるのだと気がついた春。

 

その4・引っかからないテキストが一番良いテキスト。

これは引っかかるテキストを拝見したことで判明したため、怪我の功名というか素敵な気付きになりました。文章というのはどれだけ気をつけていても個性やクセが出るものと思いますが、ゲームをやっていてそこに気付いた瞬間「このゲームを作っている人がいる」という現実がちらつきます。乙女ゲームのお化けでもない限り当然作っている人は存在しているわけですが、私がキュンとしたいのはキャラにであってライターさんにではないわけです。ライターさんも見知らぬ黄色い三十路にキュンと来られては困るはず。なのでゲームを終えた時に一切の引っかかりを覚えなかったテキストには、ラッパ寿司乙女テキスト大賞を贈りたいくらい感謝しています。

私は乙女ゲームの地の文に表現力は大していらないと思っていますが、キャラの動きを上手に表しているテキストは大好きです。時々、どう動いたのかありありとわかるテキストがありますが、そういう時には文字と人の偉大さを改めて感じてしまいます。

 

その5・短い物語が好きなようだ。

小学生の時にタイタニックを見て寝落ちし、その後五回くらい見る機会があったものの結局この年まで通して見たことがない私からすると、90分や100分の映画は見る前から「めっちゃ面白い」と思ってしまいます。

ボリュームのあるものが好まれることも多いと思いますが、年をとるほど長く眠れない的なノリで長い文章が読めなくなっている気がします。長くて面白いと感じた作品ももちろんありますが、短いほど好感が持てます。

 

その6・キュンの正体に迫りつつある。

乙女ゲームマラソンをやりながら、私が密かに研究していることのひとつです。

常々不思議だと思っていたのですが、キュンとくるシナリオ=キャラを好きになるということが(私の場合は)必ずしも成り立ちません。キュン通り越してギャンギャンきやがるというシナリオのキャラを好きにならず、一度もキュンとしなかったシナリオのキャラを好きになることがよくあります。

好きの正体は趣味嗜好で心の問題です。ではキュンの正体って何なのでしょう。キュン死という言葉がありますが、死にかけるのは大袈裟としても、しばらく動けなくなるくらいの大ダメージを負ったことのある乙女は少なくないと思います。症状が出るというのは、体内で起きた何らかの事態のためにキュンとこさせる必要が出ている状態なわけで、心臓をドキッとするだけでは飽き足らず、なぜみぞおち辺りを狙ってキュンとさせなければならないのか、そしてこのキュンが人間にもたらす影響とは何なのか。研究という言葉を安易に使ったせいでそれらしいことを言わなきゃという気持ちになりましたが、特に本気で解明したいわけではないので終わります。

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